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zoom RSS 沈み行く アルタイル

<<   作成日時 : 2007/11/29 18:18   >>

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先日の ジャパンカップ を、アドマイヤムーン で征した ダーレージャパン。 日本での馬主資格を取得して、わずか 4 ヶ月で中央の G I を手に入れた。

ところが、ダーレージャパン は 27 日に、馬主資格を J R A に返上した。

ダーレージャパン は、アラブ 首長国連邦、ドバイ の シェイク・モハメド 殿下率いる、競走馬の繁殖、育成、売買等を主とする 「ダーレー・グループ」 の日本における現地法人だ。 
ダーレー・グループ が日本に進出してきたのが 2005 年。 同年から中央競馬の馬主申請を始めるが、J R A が外国人馬主に門戸を開いていなかったため、日本法人 「ダーレー・ジャパン」 を設立。 年間収益等の問題をひとつずつ クリアー しながら、今年の春、ようやく資格を手にした。

ようようの思いで手にしたはずだった。 しかし、たった 4 ヶ月で手放すことになろうとは。

ダーレー・ジャパン が、北海道の馬産地に進出してきた勢いには、すさまじいものがあった。
シンコーファーム 等の牧場を、次々と吸収し、あっと言う間に大牧場が出来上がった。 また、日本の馬産の主流とは全く逆の、 ヨーロッパ 血脈の種牡馬を導入した。

この勢いに、馬産地は少なからず恐れを抱いた。 その例として、昨年の ディープ 騒動が挙げられるだろう。

テレビ 東京系の 「ガイア の夜明け」という番組で、馬産地を巡る金の流れを特集したのだが、その中で ダーレー・グループ が ディープ の獲得に動いていると報じた。 これを聞いて驚いたのが、ディープ の『株』を確約していた人達。 この番組がきっかけとなり、ディープ の引退が早まったと言ってもいいと思う。

オイルマネー の強さ。 それを知っているから、恐れたのだろう。

ダーレー・ジャパン の代表 T 氏は、外資の圧力に怯える馬産地と グループ の間に立ち、円滑に運営するのが役割だった。 日本人の心情も分かる、ダーレー 側の考え方も分かる。 その板ばさみ状態にありながら、日本と外国の競馬の事を考えていた。

だが、努力はしていても、確執と亀裂は起こるものだ。

馬産地と グループ の パワーバランス は、天秤の片方に『改革』が乗り、完全に崩れた。 穏便に進めたかった代表と、早期改革を望んだ親元。 日本が パート I 国入りした事に端を発した 「亀裂」 だが、最悪の結果を産むこととなった。


中東から困難の末、舞い降りた鷹だったが、その旅程の 1 割りで振り出しに戻った。
馬主申請が下り、東京競馬場が新しくなり、その新生 スタンド での最初の ジャパンカップ を アドマイヤムーン が制した。 
勲章を手にした二日後に、鷹は日本を去ってしまった。



画像



府中競馬正門前駅に佇む、アハルテケ の馬像。 大陸を駆けた神馬は、巨万の富をもたらした。 その脚は、休むことを知らなかったという。
中東に、勲章を授けた アドマイヤムーン。 極東の 「アハルテケ」 。 鷹と共に ターフ を去るが、いつかまたこの地に帰ってくるだろう。 星はまた、空に登るものだ。

その 『覇軍』 と共に。












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コメント(2件)

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ダーレーがどうして日本から撤退したのか、私には良く解りません。
日本が、高額賞金の国だと思っているのが、間違いなのか。
そんなに、魅力がない国とは思わないけれど・・。

まあ、日本競馬界としては、ほっとしている面もあるのかな。
フセイン八木
2007/11/30 05:29
撤退はしていないんです。
馬主資格を持っていたT代表が、グループ代表から解任されたんです。資格を持った人間がいなくなったので、JRAに返上した訳です。
「ダーレー・レーシング」は引き続き牧場業務と、地方競馬の馬主資格を持っています。「ダーレー・ジャパン」は現在、代理人のF氏が務めていますが、いずれは日本人の代表を新たにたてて、またJRAの馬主資格獲得へ動くと思われます。
時間はかかると思いますけどね。
ヨウ
2007/11/30 19:04

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